代表紹介
朝倉 仁久
経歴・資格
- 臨床実績23年
- 柔道整復師
- 整体療術師
- 長春中医薬大学認定推拿師
- 薬膳アドバイザー
- トータルヘルスケアアドバイザー
挨拶
当院のHPをご覧いただきましてありがとうございます。
はじめまして、代表の朝倉仁久と申します。ごあいさつを含め私の事を少しお話しさせてください。
私は 幼少期から重度の喘息で身体が弱く、よく病院のお世話になっていました。少し走っただけでも喘息発作を起こしてしまったり、夜は安定していても朝方天気が悪くなって、気温差がでたりすると咳が出て苦しくなったり‥そんな毎日を送っていたので、小学校は通常の半分も通えず、勉強も運動も人並みには出来ませんでした。そのため毎日とてもつらく、悔しい思いをしていました。
中学校に上がると改善するどころか、さらに喘息は悪化。やはり思うようには学校に通えず、たまに登校しても空気のような存在でこんな自分自身が嫌で苦しく「一層の事、死んでしまいたい…」とまで考えるようになりました。
そんな中、中学2年生のとき強い喘息発作を起こしてしまいました。それは今までに経験した事のない程の苦しさで、それこそ「もうダメかもしれない……」と命の終わりを覚悟するくらい大変な思いをしたのを覚えています。
幸い一命はとりとめたものの、もう少し処置が遅れていたならば現在の私が存在することはなかったでしょう。この経験がきっかけになり、なんとか身体を良くしたいと療養型の学校に転校、校風が自分とあったのか徐々に喘息の発作も減り、健康を取り戻すことができてきたのです。
この頃から漠然と「将来は身体のことで辛い、苦しい思いをしている人の力になれる事がしたい」という想いが芽生え、それは成長するに従ってさらに大きくなっていきました。高校生になるころには普通の生活も送れるようになり、あの頃のような苦しい思いはしたくない一心で色々なスポーツに挑戦、トレーニングを行い、体調はさらに良くなっていきました。
そんな時、格闘技をやっている友人が偶然同じような境遇だったことを知り、自分も格闘技ジムに通うようになりました。ここでは練習、試合をとおして体力も身体も飛躍的に成長、コツコツと反復継続する事で諦めない精神力や忍耐力も養うことができました。
もっともっと自分に自信をつけたくて練習を重ねていきました。徐々に内容もハードになり腰痛が発症、それでも無理をして練習を重ねてしまい身体全体が悲鳴をあげてしまいました。このままではダメだと近くの整骨院や有名な治療院、整形外科、大学病院などで診てもらいましたが結局、完治することはなく、不本意なまま格闘技を諦めざるをえなくなりました。
ただその時に唯一、親身になって診てくださった整骨院の先生がいらっしゃってとてもうれしかったのをよく覚えています。きちんと自分と向き合ってよりそってくれる先生の中に、将来の自分をみつけ施術家として今、こうして仕事をしています。
今までの人生で学んだこと
施術家として、自分が経験してきた「普通のことが出来ない、普通の生活が送れない、格闘技での腰痛による挫折、その時の治療体験」が非常に大きな財産として現在いきています。
私が患者さんを診る時、つねに「痛みで悩んでいる患者さんはどんな気持ちなのか?なぜ良くならないのだろう?どうすれば楽に生活を送ることができるのだろうか?どんな事で痛みがでて、しんどさがある事によって何が出来ず、何を我慢して、諦めてしまっているのだろうか? そして、その希望を叶えるために私はどれだけ力になれるだろうか。」そんなことを考えています。また、格闘技を諦めた経験から、目的や目標を持って日々頑張って努力し、体を酷使しているスポーツやダンスなどの演者や競技者の想い気持ちを素直に感じて受け止め、その人の立場になって治療することができるようになりました。幼少期からの苦しくマイナスに思えた自分の体験は、施術家となった今では他の人には味わえなかった良い経験だったと感謝しています。
つらくて、しんどくて、先の見えない状態すなわち人生のどん底(挫折)を経験すると人は変われます。そしてそれはいつか自分の人生の糧になるのです。
これは私の人生経験で学んだことです。
- このつらさは私しかわからない、同じ経験をしたことのない人にわかるはずない。
- やらなければならないのに痛くて、つらくて出来ない。
- 競技者など目標があるのに体を痛めてしまい、挫折してしまった。
こういう想い、経験をしたことはありませんか? 失敗しても、そこから色々学ぶこともあります。でも、繰り返しつらい思いをしていると、段々と現実を認めたくなくて、逃げたくなる気持ちがどうしても出てきてしまいます。私自身がそうでした。事実、格闘技をやめる…となった時にも悔しい気持ち半分、なんかホッとした気持ちもあったのを覚えています。
『もう、つらい練習をしなくていいんだ…』
ただ格闘技によって受けた身体の症状や腰の痛みは、根本的には改善せず繰り返していた為に、徐々に身体に蓄積していきました。誤魔化しながら付き合っていたので、施術家になってもしばらくは痛みとお友達になってしまっていたのです。
でも不安はありませんでした。これも私が人生経験で学んだ、「諦めなければ絶対よくなる」ということが頭にあったからです。
施術家としての志(こころざし)
このような経験から、施術家としての志も芽生えてきました。現在の施術の根幹となっている『人を診る』という思考です。それまでは、西洋医学的根拠において痛みを出している腰、肩、首を……と患部でしか診ていませんでしたが、以前から学んでいた東洋医学をさらに深く学び直し、ここから様々なことを学びました。人には各々先天的に身体が元から持っている気血水の状態、また後天的に今まで過ごしてきた生活環境による人生という歴史があり、そのひとつひとつが重なり合って、現在、未病という状態で症状をだす予備軍が無意識のうちに蓄積させてしまっているという問題があるのです。それらを見極める為に「人を診る」という事は根本的かつ重要であるという事にあらためて気づきました。これは高い意識を持ってこの仕事を続けていくための大切な「志」となりました。
「人を診る」ということ…
医師にも負けない医学、医療の知識をはじめ、人体の解剖学・生理学・運動学等の仕組みや構造・機能はもとより、施術家として患者さんと近い距離で身近に接する以上、その人の想いを受け止め、生活環境や生活習慣、家族、友人、職場間等での立場および社会性、また心理など、患者さんの願いを叶える為にそしてまだ沢山の事を知るために学ぶ必要があり、現在も定期的に学会や勉強会に参加しています。また、同業の施術家の先生にセミナーを通して私の考えや施術を伝え、知識と技術、気持ちを共有する事で、私が直接手を当てる事のできない患者さんを同じ想いで手を当てられる先生に託し、少しでも多くの患者さんの笑顔が増やせるように取り組んでいます。